昔、うちには数年に一度『わかさいも』がやってくる時期があった。今にして思えば、教員だった父が修学旅行の引率から帰ったときにお土産に持ってきたものだったのだろう。わかさいもは、洞爺湖温泉で昔から愛されているとても有名な銘菓であるが、子供だった私にはあまり魅力的ではなかった。茶色く小さい俵型の外見も、昔ながらのお菓子によくある“キャンディひねり”な包装も、子供心に野暮ったく感じられ、せっかくのお土産もほとんどは父の胃袋に納まったと思う。
さて時は流れ、父の眉毛に白いものが目立つようになった頃、札幌に買い物に出る私は何とはなしに、何かお土産に買ってこようか、と家族に聞いてみた。
「久々にわかさいもが食べたいなぁ」と父。「そう言えば随分食べてないわねぇ」と母。確かに私の修学旅行を最後に、家族の中で洞爺湖へ行った者はいなかった。
「まあ、あったら買ってくるわ」とあいまいな約束をして家を後にしたが、幸い札幌駅改札口のすぐ横にわかさいも本舗の売店があったので、昔から変わらぬ“キャンディひねり”のわかさいもを買って帰ることが出来た。
父は大層懐かしがり、早速包装を開けて食べ始めた。その時、側にいた私の鼻腔を醤油だれが少し焦げたような香ばしい匂いがかすめた気がした。
どうやらそれは件のわかさいもから漂ってきたようだった。
私はそのおいしそうな匂いに誘われ、一つのわかさいもの包装を開いた。香ばしいにおいが鼻をくすぐる。
一口食べると、表面の香ばしい醤油味の皮と、中の白餡がなかなか良い組み合わせに感じられた。
お、意外に美味しいかも、と、もう一口食べようとしたしたとき、わかさいもの断面からぴろっぴろっとした金色のひげのようなものが数本飛び出しているのに気が付いた。
ひげ?……食べ終えてから一緒に入っていた小冊子をよく読んでみると、あの金色のひげが芋の筋を再現するために入れられている金糸昆布であることがわかった。
なるほど、白餡にほんのり塩風味の昆布を入れることで隠し味も兼ねていたのか……なかなかにわかさいもは奥が深い。
気が付けば、私はすっかりわかさいもが気に入っていた。子供の頃は野暮ったく感じられた茶色いお菓子は、長い年月を経て表面がこんがりとした芋型のお菓子に認識が変わった。
今では札幌に行く度、改札口の横でわかさいもを買い求める私がいる。土産というより、自分で食べるために。