静か。
東京都心での4日間の出張を終えて,
車からわが家に降り立った途端,この言葉が浮かんだ。
おまけに空が広い。
秋葉原で乗り換えようとしたら,
「お願いします」ってメイド姿で目の前に立たれた。
その横では北海道から出てきたという女の子が
デュオを組んでストリート演奏。
30代の男性(多数)が1眼レフカメラで
しきりに写真を撮っていた。
両国橋で成果を運ぶホームレス。
旭川では半日かけてもあんなに集められないのでは。
この4日間の東京の賑やかさは喧騒つまり雑音だったんだ。
そして思う。この閑静なところで,贅沢は言わないから,ゆっくりと暮らせないものだろうか。それが贅沢だって? もうそうしてるじゃまいかって?
北海道の経済はなかなか立ち上がれないでいるのに,東京は賑やかだった。勿論この中に低賃金の派遣労働者やホームレスもいるのだが。日本橋の袂ではホームレスが朝食の菓子パンを片手に厚い雑誌に目を通している。両国橋では山のように空き缶を台車にのせて運んでいた。大漁旗を掲げて意気揚々と帰港する漁師のようだ。
駅頭ではフリーの雑誌やDVDが次から次へと手渡されている。10両以上の電車が次から次へと発車している。日本の消費経済がここ東京に集められているかのようだ。錯誤かもしれないが。
日曜日の夜,目星をつけておいた居酒屋へようやく辿り着いたのに,軒先は殆ど真っ暗だ。仕方ないな。ついでに街中をぶらぶら歩いて地名を眺めたり,東京によくある街角の神社を参拝してみたりして(神社自体がビルになっているのもあった),結局殆ど休みで,チェーン店らしい居酒屋で北海道名産を食う。東京は日曜日はお休みだよって常識かな。それにしても真っ暗とは。
東京は日曜日に休みをとる飲食店は多いが,殆ど何も書いていなかった(ように思う)。ましてや「日曜日は定休日です。折角お越し戴いたのに申し訳ありません。」と掲げている店はない。「日曜は休みでしょ,当然」ってなわけだ。
翌日国技館の前を通ったが,昨日までの九月場所で結果はどうだったとか,ありがとうございましたとか,次の場所はどこでなどとはちっとも掲示されていず,自己中だな。
旭川でも日曜日の夜に思いついて郊外のラーメン店数店を訪ねたが,真っ暗だった。バーテンのものまねをしていたころ読んだ指南本には満席の時に来てくれた客には次回割引券を渡せとあった。折角来てくれた客に割引券でも店頭に置いておけ,と声には出さないで怒鳴った。休業の看板もなく,暖簾をしまって戸締りすればいいのかって。
(はっ! 当社もだ。)