Windows Vista が発売されてから字体の問題が浮上しています。Vistaは新しいJISに則った字体を採用しているためこれまでのWindowsやこれまでのフォントと字体に違いが出るというのです。Vistaでは今まで使っていたフォントは買い換えないと一部の字体が変わります。WindowsXpのパソコンで見ても違いが出ます。こうだと思って入力した文字の字体が,書体を変えたり,他のパソコンでプリントしたり,印刷所に出したりしたときに,違ってしまうことがあるのです。
コンピュータはコードでしか記憶していないのだから,字体を変えずに増やしていけばいいのに,JIS制定委員はどうしてもいじってしまうんですね。このことを理解できていないか当用漢字選定のような意気込みをまちがって持ってしまったんではないでしょうか。その上,JISが変わっても何年も使わなかったんだから使わなければいいのに,お節介なマイクロソフトが採用した以上,パソコンの字体は近い内に新しい字体に変わっていきます。なんだかんだといいながらも徐々に変わって落ち着いてしまうんです。占有率を独占しているマイクロソフトの動きが標準となるんです。事情を考慮しながら使っていくしかありません。
書体 | ゴシック体や明朝体,教科書体のような文字のデザインを指します。パソコンではフォントとも呼んでいます。
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字体 | 文字を形成する線の組み合わせを言います。旧字と当用漢字の違いや,線が長かったり,点があったりなかったりといったことをさします。 |
戦前の漢字は結構難しいものでした。醫學博士というと随分威厳がありますが,今は医学博士とすっきりとした文字になっています。すっきり見えるのは当用漢字を制定し,漢字を簡略化した功績と私は思っています。「浮浪者でも新聞を読む」と日本の識字率を評価されたこともありますが,義務教育と当用漢字は漢字を無味な線の集まりにしたのではなく,すっきりとさせ識字率を向上させた功績があると思っています。
当用漢字制定(昭和24年)によって區は区に置き換えられたので,區の付く他の字も区に変えたのが拡張新字体です。誰が変えたかというと,新聞社,出版社,それに印刷所です。活字メーカーも加わります。區を区に,驅けるを駆けるに置き換えたので,鴎といった活字が作られたのです。当用漢字の趣旨に則り,漢字を簡易化したのです。当用漢字が旧字体に戻ることがないように,他の字体も同様に簡易化されると見られていました。
しかし,まだ制定していないのだから,できるだけ使用しないとした編集方針もみられました。勿論中間もありました。私には文明開化のように思え,その反面,古典的表現には旧字を使うと味が出ると思っていました。
昭和50年頃某印刷所で校正係として働いていたときは,当用漢字に指定されている字体を用い,当用漢字でない漢字はひらかなにするか(濾過をろ過としたが,むしろわかりずらく傍点をつけていた)旧字を用いるのが正解とされていました。
そのころ労働組合は盛んに文書を配布していました。手書きの原稿には労仂者,
争,
労,
会といった文字が使われ,これは略字と言って活字として印刷されることはありませんでした。ところが驚いたことに仂の活字が作られ,今でもJISに入っています。JISが統計調査によってできあがった典型でしょう。
鉛の活字の時代,どうしても使いたい例外的な文字は印鑑の職人に頼んで活字と同じ大きさの細長い木に彫って貰っていました。駒って呼んでました。写植やタイプの時代は印画紙や清打ちをカッターで切り,糊で貼って使ってました。作字って呼んでました。その字が何回も出てくると大変でした。電子組版システムを選択するときはここがポイントになりました。外字を自由に作れ,何回も使え,再現性があることが重要と思ったのです。私たちが電子組版を始めた当時はまだ外字対応が不十分な大手のシステムが中心でした。
閑話休題。当用漢字の強い雰囲気をゆるめて常用漢字が制定(昭和56年)されましたが,1978年漢字のJISが制定された頃はまだ当用漢字の雰囲気が残っていたのだと思います。しかし漢字の簡易化と自由化をめざす常用漢字制定を受けて1983年漢字JISが制定され,拡張新字体もその中に含まれ,辻が一点になったり,檜山は桧山に代わったり,留辺蘂町が留辺蕊町になってしまったり,森鴎外や石川啄木の字体が違うんじゃないかと大変でしたが,元々旧JISで入力され保存されていた文書が少なかった為か,社会的問題にはならずに,印刷所だけが対応に苦慮しました。対策として第三水準(補助漢字)や人名漢字,作字ユーティリティを利用してきました。この頃はUNIコードを利用して様々な字体を含めたフォントを作成し著者の希望に沿えるよう工夫されてきつつありますが,これは一般的にパソコンに搭載されているわけではありません。
すっきりして読みやすいと思う字体も,見る人によっては字感が乏しいと嫌うこともあるんです。そして必ず論争になるのが,どちらが正しいのか=おかみはどちらを使えと言っているのかということです。結論から言って常用漢字制定から人名漢字改訂の傾向は,好きにしてください,全く違う意味ならともかく,どちらも意味がわかりますという,ものわかりのいいスタンスをとっているのです。
パソコンとともに漢字の標準化は歩みます。活字は印刷所と共に歩みます。