それで静寂を求めてみた。つまり自分にとっての雑音をカットすることはできないか。ノイズキャンセルヘッドホンを試してみる。これは外部の雑音をマイクで拾って位相を逆にし,耳に与えると外部の雑音が消えるという原理だ。どうしても処理のために時差を生じるのでリアルタイムでは完全に消すことはできない。安定した雑音は消えるはずだ。車の音をこの原理で消去している高級車があるとも聞く。
試したのはSONYに吸収されたAIWA社のANC-21という製品だ。スィッチを入れると何かが変わる。静寂感が変わると言った方がいいかもしれない。ザーとした静かな雑音がシーという音に変わって静寂な感じになる。ただ,話し声やプリンターの音が消えるということではなかった。
結局都合のいい音だけを残すというのは無理だから,静寂を保つ事が第一だ。皆さん,お静かに。
ところが,静寂よりも適度な雑音があるほうがむしろ聞きやすいのではないかというお人もある。わざわざそのためのソフトがある。その名も「
Chattar Blocker」。
逆に雑音を出していやな雑音を逓減しようというものだ。お試し版もある。あまりに静かなときはこれもいい。これによって聞こえがよくなったわけではなかった。
私は車を運転している時は必ずラジオをかける。が,特に安全運転になる訳ではない。ラジオなしで長距離運転なんて考えられない。深夜真っ暗な中を一人で運転している鉄道貨物の運転手はどんな工夫をしているのだろうか。深夜放送時代,ラジオは勉強には欠かせないものだった。近頃の子供はテレビを見ながら宿題を片付けるそうだ。私はラジオによって成績が上がったわけではない。とは言っても,お気に入りの音が集中力を持続させる効果があるようだ。
冒頭に記したの耳の聞こえの悪さは他の対処法に委ねることにして,集中力を維持する事を考えることにする。このところ集中力も衰えている。
デービッド・H・フリードマンというジャーナリストがNEWSWEEKで「秩序が安定を招くという幻想」と題する記事を書いている。雑音が脳の働きを改善するらしい実験を紹介し,「これが地域紛争やテロや天災への当局の対応にもあてはまる可能性がある」と書いている。「机に積み上げられた書類の山は,仕事の優先順位を示す手掛かりの宝庫。…書類の山はテーマや緊急度や日付など,さまざまな基準によって大ざっぱに分けられているケースが多い。このやり方は,複雑で乱雑な人間の思考回路にぴったりマッチする。一方,デスクを常にきれいにしておく人は,書類の分類やファイルの出し入れに無駄な時間を使っている。…書類の山を引っかき回していると,一見無関係な資料同士の意外なつながりを発見することもあるが,机の上をきれいに片付けてしまったら,そのチャンスもなくなる。」著者の机の上が想像される。私の机はもうちょっとましだ,と思う。
フリードマンは確率共鳴理論(ある系に混乱を加えると,全体の反応が向上する)も根拠にあげているが,当社で思いつくことがある。繁忙期に仕事に追い立てられているときより,閑散期の方がポカミスが多い。人も仕事も入り乱れて進んでいる喧噪の時の方が仕事量が極めて多いのにミスは少ない。じっくり考える必要のあるときは繁忙期は向かないが,閑散期睡眠も食事もレクリエーションも出来ているのに,基本的なミスが起きてくる。これは内緒だが,出入りの業者が忙しそうにしているときに納期の短い仕事を依頼すると,早く正確に出来上がってくる。ただし,確実に憎まれる。
フリードマンは続ける。「アメリカは中程度に乱雑な国だが,この国の指導者は外部の混乱には不寛容で,他国の安定化を追求して何度も高いツケを払ってきた。」「一方テロリズムは本質的に無秩序な現象だ。…テロ自体は過剰な秩序の産物である場合が多い…無秩序な世界は,秩序にこだわらない指導者を求めている。」
また,経済計画,危機管理についても「長期ビジョンにこだわる指導者は,事態が思うようにいかなくても誤りを認識できない。」と述べ,長期計画や整然とした組織はテロや突発的な事変,災害に対応できないと警告している。日本でも災害対策会議を設置して組織を充実しようとしているが,実際は地元の消防署や消防団,ボランティアが有効かもしれない。
この著者は「完璧なる混乱」をアメリカで発刊予定とある。
この記事はNEWSWEEK日本語版2007.3.14に掲載された。