先生は胸のあたりに大きな
ミッキーマウスの絵柄の入ったTシャツを着ていた。この教室で、この国生まれと思われる人は、
30代なかばの素敵な女性、ミッキーマウス先生のみ。50人ばかりの生徒はスペイン語を
日常会話としているメキシコ人がほとんどで、あとは中南米の20代から40代の
人がいるだけ。日本人かなーと思える人に声を
かけてみたが、返ってきたことばはちんぷんかんぷんのスペイン語。
結局日本人は私ひとりだった。
授業を受けるには、あのお馴染みの瓶の
コカコーラを買う代金(日本円で80円程度)だけで済み、
週3日午後7時から8時半の90分授業。さすが移民で成り立った国、
どんな人でも、ウエットピープル(濡れた人々・川を泳いで
渡って密入国した人)かもしれない人までも1年間この国の
ことばを80円で教えてくれる。
ほとんどこの国のことばを知らない
人々ばかりなので、最初の授業はABCDEFGから始まる。
初めの何度かの授業は小学1年生の国語レベルで桜が咲いたとか。
中学1年からまがりなりにもこの国のことばを勉強した私にとって、超簡単なものばかり。
ところが、この国の言葉しかしゃべれないミッキーマウス先生の話すことばは、私を含め他の人々も、
半分以上ちんぷんかんぷん。
しかし、私以外の人々は仕事の為、生活の為、この国のことばをしっかり
覚えようと真剣そのもの。
しばらく通っているうち、メキシコ人の
友達らしき人もでき、家に招待され、バドワイザーを土産に訪問した。
掘っ立て小屋とは言わないがかなりの貧しい佇まいに6人程集まっており、
メキシコ料理を御馳走になった。タコスは今では日本でも売っているので
おいしく食べられたが、出してくれた物の半分は、これってたべものなのかー
と思える代物で、口に入れたとたん吐き気をおぼえるほどの物もある。
失礼なので、むりやりバドワイザーと一緒に飲み込み、おなかがいっぱいの
ジェスチャーで済ませた。
お互い片言ぐらいのこの国のことばが意外と通じ、この国の人と会話を交わすより何故か通じるものがあり、その後はメキシカンロックで和気あいあい。
教室には3ヶ月ほど通ったが、
私の夜の仕事が、日本料理店でのそば打ちならぬうどん打ちと皿洗いに代わった為
もう教室には来れない旨をミッキーマウス先生に伝えた。先生は少し寂しげに
私の名前を呼び,「キープ スタデー エングリッシュ グッバィ」
この国は世界中にこの国のことばを覚えてもらい世界を制覇するかのようだ。
いまでも世界の紛争を治めようと軍事力で優位を誇示しているようだが、
墓穴を掘っていることに未だに気がついていないように思える。
この教室の町は約30年前のアメリカ、ロサンジェルス市、結局覚えることのなかったこの国のことばは英語である。