今年は国民読書年である。私には明確な説明ができない。国会で議決した権威ある宣言なのだが,中身が乏しい。しかし,読書年だろうが五輪年だろうが,とにかく読書を。
今回の試みは,電子ブックがどこまで身近にきているのかを調べてみる。例によって予算はまったくないので,無料なものとお試し版を活用することになる。
電子ブックの肝は「縦組」である。なんといっても日本語に縦組は欠かせない。朝日新聞は週に一度グローバルを気取った特集紙を折り込んでいるが,全紙面横組で,とても読めたものではない。ニューズウィーク日本語版だって縦組だ。日本では,ワープロや電子ブックは縦組必須である。
ボイジャー社(日本)はエキスパンドブックという電子ブック制作ソフトとリーダーソフトを早くから開発しているが,普及には至っていない。ボイジャー社は1998年T-Timeという安価なリーダーソフトを発売した。WindowsというOSが漢字を綺麗に表示する様になった頃だ。それまでは特殊なソフトを介さないと文字を今のように綺麗に表示できなかった。このころはワープロが百花繚乱だったが,リーダーはワープロとは違って,編集はしない,あくまでも読書専用だ。T-Timeを安価に販売したにもかかわらずヒットしなかったのは,ワープロに押されたわけではないだろうが,まだ先進的で,コンテンツも揃っていなかったからだろう。NECなども携帯リーダーを発売したが,じきに製造中止となった。津野海太郎が「本はどのように消えてゆくのか」を発行したのが1996年だが,本は消えず,電子ブック開発は空白ができ,その間にWEBや携帯電話,ゲーム機の環境が整ってきた。昨年から今年はApple社のiPod,iPadやGoogle社のキンドルというリーダーが脚光を浴びている。
近代文学は青空文庫
青空文庫のホームページ
青空文庫では,近代文学で著作権の許されるかぎり,ボランティアがテキスト化している。明治から昭和初期の書籍は書店でも購入することは難しいし,図書館でもなかなかみつけにくい。青空文庫で容易に見つかることがある。図書館で見つけても,その文字の小ささに困惑する。電子ブックは文字も平気で拡大する。
青空文庫で田山花袋「田舎教師」を探すと,下記のように検索結果が表示される。
青空文庫のテキストファイルには2種類ある。ルビ付きテキストファイルは読みがなが《》にはさまれて入っているので,専用リーダーで読む。工作員というのはテキストを入力してくれた人の事だ。
XHTMLファイルはブラウザで読む。ブラウザは縦書きにならないが,そのまま内容を確認できる。このページのトップ付近にも「今すぐXHTMLで読む」のリンクがある。
ルビ付きテキストファイルはZIPで圧縮されているので,ダウンロードするときに開くをクリックして解凍する。対応ソフトで読むと縦組でルビも横に配置される。
◆
smoopy(上の画像クリックで拡大)
azur(上の画像クリックで拡大)
smoopy フリーのビューア。田舎教師は右のように読める。フォントをゴシック体からMS明朝体に変更してみた。残念なことに書体が綺麗に表示されない。再度ファイルを開く時に,前回閉じた時のページから開くレジューム機能がついている。
◆azur(アジュール)
T-Timeと同じボイジャー社の有償ソフト。しおり機能やハイパーテキストが使える。表示も秀英明朝のせいかしっかりと読みやすい。青空文庫データはXHTML版を使用する。これらはレイアウト物に弱い。組版を再編成しているからだ。文字だけでも詩集のように文字の書体や配置にきづかうものには向かない。
※今話題のマイクロソフト社クラウドサービスAZUREの名称がそっくりなのは悔しい。iphoneも日本のインターフォンメーカーアイフォンとそっくりで,国内ではアイフォーンと表記している。そんなんでいいのかな。
T-Time(ティタイム)はテキストファイルというより,ドットブック(拡張子 .book)およびTTZ(拡張子 .ttz)形式の電子ブックを読むためのビュワーソフトだが,テキストファイルや青空文庫のXHTMLファイルも縦書きに表示することもできる。また,携帯用のファイルに変換する機能もある。ドットブックは
角川e文庫などで販売されている。
コミックは電子ブックで
電子ブックはコミックが既に市民権を得ている。顕著なのは携帯でダウンロードして見る方法だ。画像だけなので特別な技術を必要としないのとコミックは若者対象なのと電車のなかで読まれた分が多かったために普及が早かった。パソコンでもコミックがそれぞれ専用のビューアを提供して,著作を販売している。少年ジャンプの発行部数が大きく落ち込んだ(1995年3-4号 653万部 歴代最高部数を記録,2009年7〜9月 284万部--Wikipedia)のは携帯による電子ブックサービスのせいだともいわれている。余談だが,電車に読み捨てられたコミックを回収して販売する路上生活者の仕事も奪われることになった。
電子カタログの技術で
電子カタログというのは,印刷冊子のようなカタログをブラウザ上に表示し,パラ読み,拡大がスムーズに行える。チラシにも応用でき,カタログ上の商品をクリックするとネット注文ができるようになっているものもある。それを電子ブックと言わなかったが,いつのまにか電子カタログを応用してブラウザ上の電子ブックができている。
次のような電子書籍図書館がフリップビューアで開かれている。コミックの電子ブックと似ているが,こちらはダウンロードして持ち歩くことはない(とも近々言えなくなるかもしれない)。様々な技術が開発され,それを用いてごちゃごちゃになっている(私の頭が)。
PDFを携帯器材で読む戦慄
携帯電話だけでなく巨大な携帯iPad(液晶)やアマゾンのキンドル(電子ペーパー)というように,新たな製品が昨年暮れから発売され,業界は戦々恐々としている。コミックだけでなく書籍も携帯機器で読めるようになるのか。
ADOBE社が開発したPDFは電子ブックの役割を担う筈だった。レイアウトも忠実に再現,フォント埋込みで言語問題もなく,ハイパーテキスト機能もあり,書き込みもできる。しかし,電子ブックとしてはそれほど広まっていない。DTPでPDFに慣れている私としては,携帯端末にPDFリーダーを搭載するのが一番使いやすいFoxitというPDFリーダーを搭載したe-Slickという端末が昨年末発売されたようだ。表示も液晶ではなく電子ペーパーだ。
ビジネスブックスはその名の通りビジネス本を,このリーダー用に発売するのだろう。今のところ紹介している本は何故かアマゾンにつながっている。4月15日まで岩瀬大輔『生命保険のカラクリ』の PDF全文をダウンロードできる。これをダウンロードしてパソコンではあるが開いて見て,戦慄を覚えた。新書版そのものがそこにあり,書店に行かず,紙を持たないで,違和感なく読書する時が,いよいよやって来た――ように思えたからだ。
そうこうしているうちに,日本経済新聞が3月23日より
ネット有料配信開始である。プレビューでは印刷紙面と同様の表示がされるようだ。新聞の縦書き,新聞組版は外観,拾い読み,詳細読み(および切り抜き)がしやすく,現状のネットサービスと違ってはいるようだ。速報性,随時更新というネットのメリットをあえて切り捨て,時勢の断面を表すとしたら,新たな局面が開けるかもしれない。電子ブックは開く度に内容が更新される訳ではない。放送のように文字が垂れ流されているわけではない。電子ブックは論点を脈略を整えて述べるとともに,読者は現時点での考察を交えながら読むという書籍本来の方法を失わずに済む。印刷人としては印刷量の減少を悔やむが,印刷の持つ本来の役割が維持されるので,少し良しとしようか。
この文章はメイリオをインストールしたパソコンではメイリオで表示します。私にはとても見やすい書体です。ただし,字体はVISTAと同じくJIS2004です。「飴」が旧字体になっておいしくなさそう!
(嶋福朗記者)