母と離れて暮らすようになって数年がたつ。机の中に母からもらった手紙がある。いつも一緒にいたので,母からもらった手紙はこれ一通だけだ。
母が仕事中の事故で両手指を切断したとき,病床から送られたものだ。包帯のまま書いたと思われる,たどたどしい文字で「こんなことになって,これからも迷惑をかけるかもしれないが,宜しく頼む」旨が簡単に書いてある。
改めてその手紙を開いて見て,なんとなく母に手紙が書きたくなった。書くことも特にないので,手元にあったはがきに,どうしてるかと書き込んで通勤途中に投函した。
このところ通信手段が発達して,手紙なんてとんと縁がない。アパートに届く手紙は請求書だけ。ひとり一台持っている携帯電話で用は済む。友人とのとりとめのない会話もメールでかわすのみ。手紙の持つ豊かな情感を取り戻したい。
会社では古の話題が何故か飛び交っている。仏像がどうとか,遷都1300年とか,大仏の螺髪(らほつ)とか,挙句の果てはブラックバーンとか。そこまではいかないまでも,少し古いものに暖かいものを感じる。カラオケに行っても70年頃の歌を聞くといいなぁと想うことが多い。あくせくとあがいている現代だからこそ,少し古いことを大事にしてみたい。
まもなく,母から携帯に電話が来た。「どうしたの,はがきなんて。メールでいいじゃない。」「・・・・・」
私の気持ちだけが空回りしていたようだ。
この文章はメイリオをインストールしたパソコンではメイリオで表示します。私にはとても見やすい書体です。ただし,字体はVISTAと同じくJIS2004です。「飴」が旧字体になっておいしくなさそう!
(ふたりぐらし記者)